颯太の前で空回りして、いちごミルクを落として、頭までぶつけて。「変じゃない」って突き放しちゃったあの日。颯太のちょっと寂しそうな横顔が、ずっと胸に刺さってた。
逃げてるのは、ほんとはわたしのほうなんだよね。それ、もう分かってる。分かってるのに、どうしても足が動かない夜があるの。今日は、そういう夜の話。
* * *
その日の夜、わたしは布団にくるまってスマホを抱えてた。ちなに「もう無理かも〜」ってLINEしたら、即既読。「無理じゃないよ。みゆは昔から、いざとなったら強いじゃん」って返ってきた。
強い、かな。わたし、自分のことだとほんとポンコツなのに。そう打ったら、ちなが言ったの。「強いっていうかさ、みゆって誰かのためなら全力になれるでしょ。それ、どこで覚えたの?」
どこで、って。聞かれて、ふっと小さい頃のことを思い出した。これ、ほんとに久しぶりに思い出した記憶だった。
* * *
小さい頃のわたしって、実は超がつく引っ込み思案だったんだよね。今のわたしを知ってる人には信じてもらえないけど、ほんと。
手をあげるのもこわい、輪に入るのもこわい。発表会の前なんて、お腹痛いって泣いてた。そういう子だったの、わたし。
そんなわたしに、お母さんはいつも同じことを言ってくれた。膝に乗せて、背中をぽんぽんしながら。「ひとりで抱え込まないで。一緒に前を向こう?」って。
ひとりで、ぜんぶ抱えなくていいんだよ。お母さんが隣で見てるから。そう言われると、不思議とこわさが半分こになった気がしたんだ。
そっか。わたしの口ぐせ、お母さんからもらったものだったんだ。布団の中で、なんだか涙が出そうになった。
誰かの背中を押せるようになりたいって思ったのは、押してもらった経験があったから。もらった言葉を、今度は誰かにあげたかった。それだけのことだったんだよね。
* * *
で、もうひとつ思い出したことがあって。発表会の日、客席のいちばん前で手を振ってたお母さんの隣に、ちっちゃい颯太がいたんだ。
近所だったから、よく一緒に来てたの。わたしが舞台の袖でガチガチに固まってたとき、颯太が大きい声で「みゆー!がんばれー!」って叫んだんだよね。会場、ちょっと笑ってた。
恥ずかしかったけど、その声で足が前に出たの。覚えてる。颯太って、あの頃からずっと、わたしの背中の後ろにいてくれたんだ。
当たり前すぎて、空気みたいで、気づいてなかった。いちごミルクを差し出すのも、LINEで「大丈夫か」って聞くのも、ぜんぶ、ずっと変わらない颯太のやさしさだったんだ。
それなのにわたし、「変じゃない」って突き放しちゃった。あの寂しそうな横顔、思い出すと胸がぎゅってなる。ごめんね、颯太。
* * *
次の朝、わたしはお母さんに電話した。なんとなく、声が聞きたくなって。「どうしたの急に」って笑うお母さんに、わたしは聞いてみたの。「ねえ、わたしが小さい頃いつも言ってくれた言葉、覚えてる?」
お母さんはすぐに答えた。「ひとりで抱え込まないで、一緒に前を向こう、でしょ?」って。やっぱりだ。胸の奥が、あったかくなった。
「あんたね、人のことばっかり応援して。たまには自分のことも応援してあげなさいよ」――お母さん、何も知らないはずなのに、なんで分かるの。
電話を切って、わたしは天井を見上げた。ねえ、聞いてくれる?ここで、あなたにだけ言いたいことがあるの。
わたし、ずっと誰かに言ってきたんだ。「ひとりで抱え込まないで」って。「一緒に前を向こう」って。その言葉、いちばん必要だったのは、今のわたし自身だったんだよね。
もしあなたも、人には優しくできるのに自分にだけ厳しくなっちゃうタイプなら――一回だけ、自分を「友達」だと思って声をかけてみて。きっと、いつものあなたなら笑って背中を押すはずだから。
こわいよ。今もちゃんとこわい。でも、こわさは本気のサインだって、わたしが何度も言ってきたことでしょ。
逃げるのは、もうおしまい。明日じゃなくて、ちゃんと近いうちに。わたしは、わたしの背中を押す。颯太に会いに行くって、布団の中で静かに決めたんだ。


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