こんにちは、沙織です。前回は、親友の美月に「前の沙織のほうが好きだった」と言われて、ハッとした話をしましたよね。でも私は、それでもまだ「好きだから当然」と、自分に言い聞かせていました。
今回は、そんな私の中で、何かが静かに崩れた夜のお話です。正直に言うと、当時の私はまだ、自分の気持ちにフタをするのがすっかり上手になっていて——。あー、思い出すと、ちょっと胸が痛みます。
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その週末は、ずっと前から楽しみにしていた日でした。遼さんと久しぶりにゆっくり過ごせるって、私、何日も前からそわそわしていたんです。
新しく覚えたパスタを作ろうって、材料も買い込んで。当日の朝には、彼の好きなアーティストのライブ映像まで用意して、待っていました。
でも、お昼前に届いたメッセージは、たった一行でした。「ごめん、急に仕事入った。また今度な」。
また今度。その言葉を、私はもう何度聞いたでしょう。指先が、スマホの上で止まったまま動きませんでした。
「うん、わかった。お仕事がんばってね」。気づけば、私はそう打っていました。笑顔のスタンプまで添えて。
本当は、全然わかってなんていなかったのに。冷蔵庫の中で出番を失った材料を見つめながら、私はひとり、台所に立ち尽くしていました。
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あなたにも、ありませんか。「いいよ」って言ったあとに、自分の声がやけに遠く聞こえる感覚。もしかして、口では許しているのに、心のどこかが置いてけぼりになっていませんか。
その日の夜、私はベッドの上で天井を見つめていました。胸の奥で、ずっと小さくしていた声が、急に大きくなった気がしたんです。
「わたしばっかり、いつも待ってる」。その声は、もう無視できないくらいに、はっきりしていました。
数日後、ようやく会えた遼さんに、私は勇気を振りしぼりました。震える声で、こう言ったんです。
「ねえ、遼さん。最近、わたしの予定、いつも後回しになってる気がして……ちょっと、寂しいなって」。
言えた。たったそれだけのことなのに、心臓がばくばくしていました。私にとっては、本当に大きな一歩だったんです。
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でも、彼はちょっと笑って、言いました。「えー、そんなことで? 考えすぎだよ、沙織は」。
その瞬間、私の中で、何かがすっと冷えていくのがわかりました。あれだけ勇気を出したのに、「そんなこと」の一言で、ぜんぶ小さくされてしまった気がして。
悪気がなかったのは、わかっています。遼さんは、本当に気づいていなかっただけ。でも、気づいてもらえないことが、こんなにさみしいなんて、私は知りませんでした。
「……そうだよね、ごめん。考えすぎだった」。私はまた、笑ってしまいました。
本音を言えば言うほど、嫌われる気がして。重たい女だと思われるくらいなら、飲み込んだほうがいい——そう、自分に言い聞かせて。
でも、あなたにはわかってほしいんです。あのとき笑った私は、本当はちっとも笑えていませんでした。
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帰り道、夜風がやけに冷たくて。私はコンビニの前で立ち止まって、しばらく動けませんでした。
「考えすぎ」。彼の声が、頭の中でぐるぐる回っていました。本当に、私が考えすぎなんでしょうか。そう思おうとするほど、胸の奥がきしむんです。
今ならわかります。あのとき私が本当にしてほしかったのは、解決でも謝罪でもなくて。ただ「寂しい思いさせてごめんね」って、気持ちを受け止めてほしかっただけ。
でも当時の私は、それすら言葉にできませんでした。受け止めてほしいと願いながら、自分の本音を一番に隠していたのは、ほかでもない私自身だったんですよね。
もしあなたが今、似たような夜を過ごしているなら。「考えすぎかな」って、自分の気持ちを小さく折りたたもうとしているなら。どうか、一度だけでいいから、立ち止まってほしいんです。
その寂しさは、考えすぎなんかじゃない。ちゃんと、あなたの大事な声ですから。
——口をつぐんだその夜から、私はもっと深い迷子になっていきます。次回は、「わたしって、何が好きだったんだっけ」と、自分の輪郭がぼやけていくお話を。続きは、また次回に。





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