恋愛物語〜沙織の恋、はじまりの場所〜 第7話「ぶつかった本音」

カメラを手にして、私はやっと「これが好きだった」と思い出しました。でも、それを誰かに伝える勇気はまだなくて。心の奥には、行き場のない想いだけが溜まっていったんです。

そして、その想いはある夜、思いがけない形であふれてしまいました。

* * *

きっかけは、本当に些細なことでした。久しぶりに二人で会えた夜、遼が「来週の連休、会社の同期とキャンプ行くことになったんだ」と、当たり前のように言ったんです。

その連休は、ずっと前から「二人でどこか行こうね」と話していた日でした。私が何度も、それとなく予定を空けておいた日。

「……そうなんだ」

笑おうとしたのに、うまくいきませんでした。いつもなら飲み込めたはずの言葉が、その夜はどうしても喉につかえて、出てこなかったんです。

「沙織? どうかした?」

遼の、何も気づいていない声。その無邪気さが、なぜかその瞬間だけは、たまらなく苦しかった。

* * *

「……ずっと、我慢してたの」

気づいたら、声が震えていました。一度こぼれたら、もう止まらなかった。

「旅行も、ドタキャンも、いつも私が合わせてた。あなたの好きなものに合わせて、予定も全部あなた中心にして。それでも、いいって思ってたの。好きだったから」

「ちょっと待って、沙織……」

「でも、私ばっかりなんだよ。寂しいって言っても考えすぎって流されて。私、自分が何が好きだったかも、わからなくなってたの」

言いながら、涙が止まりませんでした。ずっと閉じ込めていた『わたしばっかり』が、全部、彼にぶつかっていきました。

* * *

遼は、しばらく黙っていました。困ったように髪をかきあげて、それからぽつりと言ったんです。

「……そんなに無理してたなんて、知らなかった」

責める口調じゃありませんでした。本当に、戸惑っている声でした。

「沙織が料理してくれるの、いつも嬉しかったし。予定合わせてくれてるのも、ありがたいって思ってた。でも、それが我慢だったなんて……なんで、言ってくれなかったの?」

——なんで、言ってくれなかったの。

その一言が、胸の奥にまっすぐ刺さりました。

* * *

正直に言うと、私はその瞬間、遼を責めたかったんです。気づいてよ、察してよ、って。

でも、できませんでした。だって、彼の言うことも、本当だったから。

私は「嫌われたくない」って、笑って本音を隠してきた。寂しいも、嫌だも、行きたいも、全部飲み込んで。受け止めてほしいと願いながら、いちばん本音を隠していたのは、私自身だったんです。

遼は、私が差し出したものを「いらない」と言ったわけじゃない。私が勝手に差し出して、勝手にすり減って、勝手に「わかってくれない」と泣いていた。

* * *

「ごめん」と、遼は言いました。「俺、甘えてたんだと思う」

その言葉は、嬉しいはずでした。やっと気づいてもらえた。でも、もう遅い気もして。涙の理由が、悲しみなのか安堵なのか、自分でもわからなかった。

あなたにも、ありませんか。やっと本音を言えたのに、ちっともスッキリしなくて、むしろもっと苦しくなった夜。

あー、それ、すごく分かります。私もそうでした。本音をぶつけて相手が変わってくれたとしても、「隠してきた自分」までは、消えてくれないんですよね。

* * *

その夜、私たちは「これからちゃんと話そう」と約束して別れました。表面上は、仲直りのはずでした。

でも、帰り道で気づいてしまったんです。私が本当に欲しかったのは、彼が変わってくれることだけじゃなかった。

もしかしたら、あなたも同じかもしれません。——相手に「気づいてほしい」と願う気持ちの奥に、本当は「ちゃんと自分を出していいんだよ」って、自分で自分に許可をあげたかった、とは思っていませんか。

当時の私は、まだそこまで言葉にできませんでした。ただ、初めて本音をぶつけた夜の、あの苦しさと寂しさだけが、いつまでも胸に残っていたんです。

二人の距離は、この夜を境に、少しずつ——けれど確かに、形を変えていきました。

📖 恋愛物語〜沙織の恋、はじまりの場所〜(全10話)

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