本音を伝えても「考えすぎだよ」と流されて、私はまた口をつぐみました。受け止めてほしいと願いながら、一番本音を隠していたのは、私自身だったのかもしれません。前回、現在の私はそう振り返りました。
今回は、もう少し静かな話です。誰かとぶつかるのではなく、私が私を見失っていく——そんな、目には見えにくい揺らぎのお話です。
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あれは、よく晴れた休日の昼下がりでした。めずらしく予定が空いて、私は一人で部屋にいました。遼は仕事、美月も実家に帰っていて、ぽっかりと時間ができたんです。
「久しぶりに、好きなことしよう」——そう思いました。けれど、いざ自由になると、何をしていいのか分からなかったんです。
あー、これ、もしかしてあなたも経験あるかもしれません。時間ができたはずなのに、心がからっぽで、ただ天井を見ていた——あの感覚です。
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本棚に、ほこりをかぶったカメラがありました。そう、もともと私は写真が好きで、サークルにも入ったんです。遼と出会ったのも、そのサークルでした。
でも気づけば、もう何ヶ月もシャッターを切っていませんでした。撮りに行く週末は、いつも遼との予定で埋まっていたから。
カメラを手に取って、電源を入れてみました。最後の一枚は、半年も前の夕暮れの空。私はこんな空が好きだったんだ、と他人事のように思って、少しぞっとしました。
好きだったものを、いつ手放したのか、思い出せなかったんです。
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その夜、遼から電話がありました。「今日なにしてた?」と聞かれて、私はとっさに答えられませんでした。
「えっと……ゆっくりしてた、かな」。本当は何もできなかった、とは言えませんでした。
すると遼が、いつもの調子で言ったんです。「沙織って、ほんと趣味とかないよなあ。家にいるの好きだもんな」と。悪気はない、軽い冗談でした。
でも私は、その一言が胸の奥にちくりと刺さるのを感じました。違う。私だって好きなものがあったはずなのに。そう思ったのに、口からは「そうだね、インドアだから」という言葉がこぼれていました。
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電話を切ったあと、私は鏡の前に立ちました。そこに映っているのは、確かに私です。でも、何が好きで、何を食べたくて、休みの日に何がしたいのか——うまく言えませんでした。
好きな色も、遼が「似合う」と言った色になっていました。よく聴く音楽も、遼の車でかかる曲ばかり。気づけば、私の輪郭は、彼に合わせる形でできあがっていたんです。
尽くすって、相手を喜ばせることだと思っていました。だから、たくさん尽くせば尽くすほど、自分も満たされるはずだと信じていたんです。
でも、現実は逆でした。尽くしているはずなのに、ちっとも満たされない。むしろ、自分という器がどんどん小さく、薄くなっていく感じがしたんです。
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正直に言うと、当時の私はその理由が全然わかりませんでした。「好きな人のために頑張ってるのに、どうしてこんなに苦しいんだろう」って。
今ならわかります。私は、自分を差し出すことでしか愛されないと、どこかで思い込んでいたんです。自分の「好き」を持っていたら、その分、遼に向ける自分が減ってしまう——そんなふうに、無意識に。
でもね、これを読んでくれているあなたに、ひとつだけ伝えたいことがあるんです。もしかして、あなたも今、「相手のため」と言いながら、本当は自分を後回しにしていませんか?
そして、満たされない気持ちを「私の頑張りが足りないからだ」って、自分のせいにしていませんか。あの頃の私が、まさにそうでした。
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その日、私はカメラを持って、夜のベランダに出ました。冬の冷たい空気の中で、街の灯りに向けてシャッターを切ってみたんです。何ヶ月ぶりかの、その小さな音。
カシャ、という音が、なぜだか少し泣きたくなるくらい、懐かしかった。「あ、私、これが好きだったんだ」。たった一枚の写真が、忘れていた自分の輪郭を、ほんの少しだけ思い出させてくれました。
でも、当時の私はまだ、そこから動き出す勇気を持てませんでした。撮った写真を遼に送ろうかと迷って、結局やめて、そっとカメラをしまったんです。
自分のために撮ったものを、誰かの「いいね」で確かめないと不安になる。そんな自分が、少しだけ嫌になった夜でした。
——わからなくなった自分を、もう一度知ること。それがこんなに難しくて、こんなに大切なことだなんて、あの頃の私はまだ気づいていませんでした。





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