恋の話を、誰かに聞いてもらうのは少し照れくさいですよね。でも今日は、わたし自身の昔の恋を、ゆっくり話させてください。
これは、わたしが二十一歳だった頃の物語。今みたいに誰かの相談に乗るなんて、まだ想像もしていなかった頃のことです。
あの恋がなかったら、今のわたしはいなかった。そう思えるくらい、大切で、少し痛い思い出なんです。
* * *
遼さんと出会ったのは、大学の写真サークルでした。社会人になっても顔を出してくれる、ちょっと珍しい先輩。当時二十四歳で、わたしより三つ年上でした。
最初の印象は、「マイペースな人だなあ」というくらい。撮影会に遅れてきても悪びれず、にこっと笑って「ごめんごめん」と言う。なのに、なぜか憎めないんですよね。
その笑い方が、わたしはちょっとだけ気になっていました。
きっかけは、たわいない会話でした。河原での撮影の帰り、たまたま二人になって。
「沙織ちゃんの撮る写真さ、なんか優しいんだよね」
そう言われて、心臓が小さく跳ねたのを覚えています。自分の写真を、自分のことを、ちゃんと見てもらえた気がして。
わたし、昔から自分にあまり自信がない子だったんです。可愛くもないし、特別な取り柄もない。だから、誰かに「いいね」と言われると、それだけで世界が明るくなるような気がしていました。
今思えば、その「認められたい」という気持ちが、少し強すぎたのかもしれません。でも当時のわたしには、それが幸せのかたちだったんです。
* * *
それから、二人で話す時間が少しずつ増えていきました。撮影の後にお茶をしたり、メッセージのやりとりが夜遅くまで続いたり。
遼さんの話す未来の夢や、子どもの頃の失敗談を聞くのが、わたしはとても好きでした。彼の隣にいると、自分の存在が少しだけ大きくなった気がしたんです。
親友の美月には、すぐにバレました。「沙織、最近すぐ笑うね。誰かいるでしょ」って。
「分かる?」と聞いたら、美月は呆れたように笑って。
「顔に書いてあるよ。……でも、よかったね」
その『でも』に、少しだけ含みがあったことに、当時のわたしは気づきませんでした。美月はきっと、わたしの危ういところを、最初から知っていたんですよね。
* * *
告白されたのは、初冬の夜でした。サークルの飲み会の帰り道、駅まで送ってくれる途中で。
遼さんは急に立ち止まって、少し照れたように頭をかきました。
「あのさ。沙織ちゃんといると、すごく落ち着くんだ。……俺と、付き合ってくれない?」
息が、白く夜に溶けていったのを覚えています。うれしくて、何も言えなくて、ただこくんと頷きました。
胸がいっぱいで、涙が出そうでした。「わたしを必要としてくれる人がいる」——その事実が、何よりまぶしかったんです。
あの瞬間のわたしは、たぶん人生でいちばん幸せな顔をしていたと思います。
家に帰ってからも、ふわふわした気持ちが消えませんでした。ベッドの上で、何度もその言葉を思い出しては、にやけてしまって。
この人のために、わたしは何でもしてあげたい。喜ぶ顔が見たい。そう、心の底から思いました。
その気持ちは、嘘じゃありません。今でも、あれは本物の愛情だったと信じています。
ただね——今のわたしなら、あの頃の自分にそっと声をかけたくなるんです。
「その『何でもしてあげたい』の中に、ほんの少しだけ、嫌われたくないっていう怖さが混じってない?」って。
でも当時のわたしには、それは分かりませんでした。分かるはずも、なかったんですよね。
* * *
付き合い始めた最初の頃は、本当に毎日がきらきらしていました。彼から届く「おはよう」のメッセージ。週末に会える約束。手をつないで歩く帰り道。
ささやかな幸せが、両手いっぱいにあふれていました。皆さんにも、そんな時期がありませんでしたか。
誰かを好きになるって、世界の見え方まで変えてしまうから、不思議ですよね。
このときのわたしは、まだ知りませんでした。この「してあげたい」という優しい気持ちが、いつしか自分を少しずつ削っていくことを。
でも、それはもう少し先の話。今は、はじまりのささやかな幸せだけを、覚えていてください。
あの冬の白い息と、まぶしかった笑顔を——わたしは今でも、ときどき思い出すんです。





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