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前回、私は美月に、みゆは颯太に「相談に答える場所を作りたい」と打ち明けました。二人とも背中を押してもらって、いよいよ本気で動き出したんです。あとは、この場所に名前をつけるだけ――そんな夜のお話です。
みゆの部屋のローテーブルに、ノートパソコンを二人で覗き込んで座っていました。冷めかけたコーヒーが二つ。画面には、まだ何も書かれていないアカウントの作成画面が開いたままです。
「名前、決まらないと始まらないんだよね」
みゆがペンを回しながら言いました。私は「そうなんですよね」と笑って、でも内心ちょっと焦っていました。名前って、すごく大事じゃないですか。
正直に言うと、当時の私はいくつも候補を書き出しては消していたんです。「恋の相談室」とか「あなたの味方」とか。どれも悪くないのに、どこか私たちらしくない気がして。
* * *
「ねえ沙織さん」
ふいにみゆが顔を上げました。いつもの明るい声とは少し違う、やわらかいトーンで。
「わたし、颯太に相談したときに言われたんだ。『みゆの言葉で救われた人、きっといるよ』って。それで思ったの。わたしたちがやってるのって、結局ずっと言葉なんだなって」
あー、それ、すごく分かります。私も美月に同じことを言われたのを思い出しました。「あんたの言葉に助けられた」って。あのとき初めて、失恋も遠回りも、無駄じゃなかったって思えたんです。
みゆはノートに、ぽつりと二文字書きました。「恋」と。
それから少し考えて、その隣に「ことば」と続けたんです。
「わたしたちの言葉で、誰かの恋を照らせたら――そういう場所にしたいなって」
私は、その二文字の並びをじっと見ていました。恋ことば。声に出してみると、不思議と胸の真ん中にすとんと落ちてくる響きでした。
「みゆ、これ、いいです。すごくいい」
「でしょ!わたしも書いた瞬間ちょっと鳥肌立った」
二人で顔を見合わせて、思わず笑ってしまいました。
* * *
アカウントを作って、最初のプロフィールを書きました。「傷ついた人には、まず寄り添う言葉を。前を向けそうな人には、そっと背中を押す言葉を」。私とみゆの、二つの恋ことばを並べて。
投稿した瞬間は、正直こわかったです。誰も見てくれなかったらどうしよう、なんて。私もあなたと同じで、新しい一歩の前ではいつも臆病になるタイプなんです。
でも――その夜、思ったより早く、最初のメッセージが届きました。
「好きな人に、自分の気持ちを伝えるのがこわいです。でも、このまま何もしないのも、つらくて」
短い文章でした。でも、その一文一文の隙間に、たくさんの迷いが詰まっているのが伝わってきて。私は画面を見つめたまま、しばらく動けませんでした。
「沙織さん、なんて返す?」
みゆの声で我に返りました。私は少し考えて、こう言ったんです。
「まずは、こわいって気持ちを否定しないところから、かな。もしかして、この人、伝えたい気持ちと同じくらい、今の関係を壊したくないとも思ってるのかも」
みゆが大きくうなずきました。
「わかる。じゃあそこを受け止めてから、最後にちょっとだけ背中を押そう。『こわくて当然だよ、でも、あなたの気持ちはちゃんと大切なものだよ』って」
* * *
私たちは肩を寄せ合って、一つの返事を書き始めました。私が寄り添う言葉を綴り、みゆがそっと前を向かせる言葉を足していく。まるでバトンをつなぐみたいに。
「こわい気持ちは、あなたが本気だからこそ生まれるものだと思います。だから、その気持ちを責めないでくださいね。――でも、もし少しでも前に進みたいなら、その一歩を、私たちは応援しています」
送信ボタンを押したあと、二人でふうっと息をつきました。窓の外はもう夜で、街の灯りがぽつぽつと灯っていて。あの雨の日のカフェで偶然出会ったことが、遠い昔のことみたいに感じました。
「ねえ沙織さん」とみゆ。
「一人で答えるより、二人のほうが、ずっと遠くまで届く気がする」
「私も、同じこと思ってました」
――こうして、「恋ことば」は静かに始まりました。
かつての私は、自分を消してまで誰かに合わせて、たくさん遠回りをしました。その痛みがあったから、今、誰かの弱さの隣に座れるんだと思います。もらった言葉を、今度は渡す番なんですね。
もしあなたが今、恋のことで立ち止まっているなら。無理に前を向かなくて大丈夫です。まずは、そのままの気持ちを、私たちにそっと預けてください。
その言葉が、次の誰かを照らす光になる日まで――「恋ことば」は、ここで待っています。(完)
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― 沙織(恋ことば)






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